遊馬とベクターが皮肉にも自分達のバース性に気付いてしまったのは、二人が始めて身体を重ねた日だった。

ビタァチョコレェトケヰキ オレンジを添えて

「えっ……」
 あま、と呟いた遊馬にベクターは何となく嫌な予感がした。別にこの時の為に気合を入れて何かを塗った訳でもない。遊馬が、ベクターに初めてのフェラチオを行使しようと、ベクターの陰茎を口に含んだ瞬間にそんな感想が漏れたのだ。
「お前、なんかかき氷のいちごみたいな味がするな」
「……は……?」
 すげぇ、甘くて美味しい。と言いながらちゅむちゅむと先端を吸われ、溢れる我慢汁をほぼ全て吸い取られていく。
 もっと吸いたい、と夢中になった遊馬によってその後も何度か絶頂に追い込まれてから、ベクターは遊馬の頭を自分の股間から離した。
「遊馬、お前……バースは何だ」
「へ? 何だよ急に。そんなの、普通に決まってんだろ」
 ベクターお前これ以上イけねぇからって逃げんのかよ。とぶーたれて見せる遊馬にそうじゃねぇ。と言い返して。
「……なあ、どこでもいいからオレの身体噛んでみろ」
「何言ってんだよ、ベクター……お前、おかしくなっちゃったのか」
「なってねぇよ。ちょっと確認したいだけだ。どこでもいい、お前が食べてぇって思った所でいい」
 ベクターの言い方に首を傾げながら遊馬は目の前にいる男の全身を頭から下までざっと見る。
 正直、ベクターを見た所で「交わりたいな」という欲は生まれるものの、「食べたいな」とは思えなかった。たった、今までは。
 そこが視界に入った瞬間、遊馬の口内にじゅわりと唾液が溢れる。美味そう。齧りたい。
 ――たべ、たい。
 一瞬でそんな欲望が遊馬の頭を埋め尽くした。目の前にいるベクターが絶世のご馳走に見える。オレを食べて。と全身で遊馬に呼びかけている。
 そんな遊馬が噛みついたのはベクターの乳首だった。ぷくり、と浮きだったそこがまるでケーキに乗ったいちごか何かに見えたのだろう。容赦なくそこに歯を突き立てた。
「っっっでぇ!」
 噛んでみろ、と発破をかけたのは自分なのに、思っていた以上の痛みに思わず声を上げてしまった。
 と、同時にベクターの中の憶測が、確信に変わった。
 遊馬は「フォーク」で自分は「ケーキ」なのだと。

※※※

 あの日以来、遊馬からさっぱり「味覚」という感覚が消え失せてしまった。大好物だったデュエル飯も今や「そうだった物」を食べている感覚しかない。
 味がしない食事程つまらないものはない、と遊馬は零しながら目の前の食事をぽいぽいと口の中に放っていく。味覚を失ってから「食べる」という事が随分雑になったな、とベクターはそんな遊馬を見て思う。
 向かい合って食事をしている時、時折遊馬のルビーがこちらを見ている事にベクターは気付いているが、気付かないフリをしている。
 その視線が何を訴えているか、自分をどういう対象として見ているか、わかっているから。
 ばちん、と目が合った時は口角を吊り上げたお得意の顔をして「オレは食いモンじゃねーぞ、遊馬クン」と言ってやる。そんな事を言った所で何かが変わるという訳でもないけれど、油断した瞬間に耳を食いちぎられては後々面倒だ、と考えているのである。
 しかし、それと同時に自分の中に「遊馬に食べられたい」という厄介な欲望が生まれているのも事実であった。
 このままではいつか遊馬は己を食らってしまうだろうし、それを良しとしてしまう己も生まれてしまう。
 ベクターとしては遊馬に食われてしまうのは本望であるが、それをしたら遊馬が自分を一生責め続けていくのは一目瞭然であった。
 どうせなら腹いっぱい食って満足したまま生きてくれよ。そう、ベクターは思うのである。
 天城カイトとトロンの元、自分達のバースを改めて検査してもらった遊馬は自分のバースを知って愕然としていた。
 ベクターと言えば、さもありなん。という顔のまま「ケーキ」と書かれた診断表を眺めていた。
 検査の後、遊馬だけ診察室に呼ばれたのは恐らく、カイトやトロン達から己のバースがどういうものなのかの説明を受けていたのだろう。
 味覚の消失、ある一部の人間に対する異常な食欲。それを抑える為の理性は脆くなり、きちんと薬を服用していないと思わぬ所で大事な人を傷つける、という事。
 そして、下手をすると食人からの殺人者になってしまう。という事。
 勿論、フォークの異常なまでの食欲は今出回っている抑制剤を使えばほぼほぼ抑え込むことができるので、ここ最近はフォークによる食人殺人という悲劇は起きる事がなかった。
 遊馬が顔面を真っ青にした状態で診察室から出てきた後、今度はベクターが呼ばれる。恐らく、自分にも話があるのだろう。
「……貴様、遊馬が『フォーク』だとわかっててここに連れてきたな」
「わかったのは偶然だぜ偶然」
「……お前がトリガーだろう」
「なりたくてなった訳じゃねぇ。それに、オレだって自分がそうだって自覚は無かった」
 オレ達二人とも、普通だと思ってたんだよ。と小さな声で零す。
「遊馬の食欲は今の所」
「……オレだけ、なんだろ。どうせ。わかりやすくっていいよなぁ、遊馬クンは」
「茶化すな、ベクター。これはお前にとっても大事な事だ」
 天城カイトの射貫くような視線にベクターは思わず目を反らした。彼の、正に銀河の様な瞳は以前から苦手意識を持っていた。
「お前、遊馬と一緒にいるといつか全部食われるぞ」
 単刀直入に言うが。という前置きを一番最後に言われ、そのワンクッション入りますぅ? と煽ったら鋭い眼光に一瞥された。
「遊馬に食われるなら本望だぜ、オレは」
「遊馬は多分、そうは思わないぞ」
 だったら。とベクターは続ける。遊馬には悪いが彼には抑制剤と仲良くしてもらうしかない。それを服用すればよっぽどの事がない限り異常食欲には襲われずに済むのだから。
「じゃあ」
「……遊馬は市場で出回っている抑制剤が効きにくい」
「……は?」
 ギト、とアメジストを細めてカイトを睨みつける。
「ケーキに対する食欲の強さが一般的なフォークと段違いなんだ」
 だから、市場の薬は意味を成さない。
 だから、天城カイトは「全部食われる」と忠告したのだ。
 九十九遊馬が向ける食欲はベクターのみ、なのだから。
 オレで良かった、とこの瞬間のベクターは思っていた。もし遊馬がケーキなら誰でもいい。という無差別方のフォークだったら。と考えるとぞっとする。おなかがすいて、目の前に甘い物があったから……。と罪悪感でいっぱいの顔で人を屠っているのだろうか。何と不格好で、不釣り合いで、甘美な姿なのだろう。
 齧るならオレにしてくれよ、綺麗にそろった歯並びのそこで噛みちぎってくれ。
 そんな思考に乗っ取られそうになったベクターは思わず頭をぶんぶんと振った。
 そんなベクターの様子を見て、カイトは静かに溜息を吐く。
「遊馬には市場に出ている物よりも強めの抑制剤を手配する。勿論お前にも、だ。ベクター」
「オレも? 何でだよ」
「貴様の『香り』が遊馬の食欲を刺激するからだ」
 カイトによると、遊馬の食欲はベクターを見るとみるみる内に正常値を突破してしまうらしい。抑制剤を飲ませてもベクターの写真を見ただけで口内を唾液でいっぱいにしたという。
「……余り聞きたくはないが、遊馬が片鱗を見せたのはどのタイミングだ」
 その聞き方、絶対わかってるじゃないですかぁ。と茶化すと、キツい口調で「茶化すな」と返ってくるので、いつもの調子に戻って淡々と告げる。
「オレと初めてのセックスをした日」
 ベクターの返答を聞いて、カイトはやはりな。と呟く。やっぱりわかってたんじゃないですかぁ。
 遊馬がベクターに性欲以外の、食欲を覚えた日。あの日は二人にとって仲が進展した事を証明する、大事な日だったのに。
「遊馬クンってば事あるごとにオレのちんこ食おうとしてくるからセックスどころの話じゃなくなっちまってよ」
「そんな下世話な話は聞きたくない」
 ましてや遊馬だ。彼が目の前にいる橙とそういう行為をする事すら頭痛の種だというのに。
「遊馬曰く、オレのちんこはめちゃくちゃ美味しい。らしいぜ? すげぇあまいみかんみたいな味! って言ってた」
「その日、他に齧られそうになった所はあるのか」
「あー……そうだな、首と乳首、臍に……ちんこ、ケツも噛んでたか。チョコレートケーキ食ってるみてぇ、ってのは遊馬クンの食レポから」
 ちゅーした時は舌もってかれるかと思ったぜ、と何事もなかったかのようにベクターは付け足す。
「……アイツ、確実にこっちの急所を狙ってきやがる、それが『食欲』っつー本能から来てるなら納得だけどな」
 ベクターのその報告を聞いて、カイトは遊馬が抱えているそれが自分が想定している以上の物なのだと察してしまった。
 これだけフォークとしての純粋な食欲が強い者は全世界探してもそんなに見つからないだろう。それだけこの世界には抑制剤が効いているのだ。
「……なあ、抑制剤の手配ついでにもう一つ手配して欲しいモンがあんだけど」
 そう言ったベクターのアメジストを見て、カイトは彼が言わんとしている事を予想してしまう。
 数年前までは割と出回っていたもの。今となってはもう見かけなくなっているもの。
 それは一般的に「食人受領書」と呼ばれていた。
 かつて自分達の捕食衝動に敵わず人を食していたフォークが闊歩していた世で、そういった人達に食されることを良しとしたケーキ達が提出することで「食人が合法となる」公式の文書。
 ケーキはこれを役所に提出することで、自分を食べてしまったという殺人罪からフォークを守る事ができるのだ。
 これもまた、抑制剤がしっかり効果を示している今の世では滅多に見る事のない代物だった。
 そのせいか、以前までは役所に行けば簡単に手に入る部類の書類だったのだが、今では手に入れるまで少しばかり面倒になってしまった。
 ベクターは恐らく、その書類を欲しているのだろう。
 いつか全部食されてしまうであろう未来を予想して。そして、食した本人を守る手段として。
「ベクター、貴様」
「みなまで言うなよ。多分遊馬はギリギリまで耐えるだろうけど、わかんねぇだろ」
 それに、アイツに全部食われて終わるなら本望だぜ。
 そう言って、ベクターは診察室を後にした。

「よ、相変わらずなんつー顔してんだよ遊馬クン」
 大丈夫か、なんて柄にもない言葉をかけようとした瞬間。
「べ、ベクターは俺に近付いちゃダメだ……!」
 即座にベクターから距離を置こうとする遊馬にイラッ、としてベクターはずいっと顔を近付けた。
「はぁ? 何でだよ、そんなにオレ様が美味しそうに見えるのか?」
 どうなんだよ、と口元を歪める。恐らく、そうなのだろう。カイトの話によれば、ベクター自身からもフォークである遊馬の食欲を誘発させるフェロモンが出ているらしい。
 ベクター自身そんな自覚は微塵もなかったが、検査の結果が証明してしまっているので、今後は自覚するしかない。
「お前も聞いたかもしれねぇけど、俺……お前と一緒にいると食べちまうかもって」
「この前もう既に食いそうになってるんですけどねぇ」
「……悪い」
「謝んなよ。本能ってやつならしょうがねぇだろ」
 しょうがねぇ、で済ませるなよ……と遊馬は俯いたまま呟く。
 いつも前を向いて瞳を輝かせている彼が塞ぎこんでいる姿は正直見たくない。
「天城カイトの話、遊馬も聞いただろ。オレ達二人で抑制剤飲めばまあまあ何とかなるかもしれねぇって」
「でも、それまでに、もし……」
「あのなぁ。もしお前が突然腹減ったとして? 一気にオレ様の事食っちまうのかよ。どうせならしっかり味わって食えよ。早食い選手権じゃねーんだから」
 な? とベクターは己のアメジストを細めて遊馬に言う。誰かを慰めたり元気づけたりする能力、というものが皆無なベクターにとって、こうやってふざけた口調で言うのがいっぱいいっぱいだったのである。
 勿論、彼の言葉が遊馬を明るくすることなどなく。
 俺。お前の事食いたくねぇよ……。と更に小さく呟かせるだけとなった。

※※※

 カイトから抑制剤が手に入った、と連絡が入りそれを取りに行ってから、遊馬の異常なまでの食欲は大分抑えられているように思えた。
 時々、いつもの「捕食者」の瞳で見られる事はあるものの、どうにか理性で抑え込む事ができているらしい。
 だったら、コイツは必要無かったかもなぁ。と抑制剤と一緒に貰った書類に目を通しながらベクターは思う。
「食人受領書」。遊馬に食われることを良しとしている証になる、それ。
 一項目ずつに目を通しながらベクターは淡々と四角にチェックをつける。自分を食べてしまうであろう人物との関係、食べた後はどうあって欲しいのか、という希望、そして遺言を書く欄。
 関係なんてわかんねーよ。とそれを見ながら独りごちる。つい先日までは世に言う「友達以上」の仲だと思っていたけれど、自分達に限ってその一線を越えた瞬間「捕食者」と「ご馳走」になってしまうのだから。
 ならば友人、になるのだろうか。それもまた違う気がする。
 嗚呼めんどくせぇ。人間になった、というだけでもめんどくさいのにこのバースとかいう性質が更に事態をややこしくさせる。
 どう足掻いてもこの世界はベクターという存在を良し、としないらしい。
 ヌメロン・コードにより書き換えられた世界。九十九遊馬が「誰一人としていなくなって欲しくない」と望んだ筈なのに。
「……遊馬がオレを食べちまったら」
 彼の魂はランクアップできるのだろうか。こちらの世界では紙っきれ一枚で罪とされないのに(それも軽すぎる、とは思うが恐らく倫理観も改変されているのだろう)対し、アストラル世界ではそうはいかないだろう。
「オレのせいでこの世界に縛りつけられる、のも案外悪くないかもしれねぇな」
 アストラル世界には行かず、このまま人間としてこの世界に留まる。その腹にベクターをしまいこんだまま。
 それを考えるとベクターは愉快になってくる。最後の最後に九十九遊馬に「勝てる」のかもしれない、と思えたから。
 そう思うと、ベクターは目の前にある紙が勝利へのキーアイテムに見えて、先程まで淡々と記していた項目にもう少し真面目に向き合おう、とボールペンを握り直した。
 ・フォークとの関係:腐れ縁
 ・ケーキを完食した後の希望:好きに生きろ
 ・ケーキ完食後の手続き:神代凌牙(ナッシュ、と書こうとしたがその名前は通じないと気付いたため、唇を噛みしめながらこの名を書いた)
 ・フォークに罪を問うか:問わない
 ・葬式等は望むか:望まない
 ・その他遺言等:最後まで残さず食え。食ったら一生忘れんな。オレ様からの有難い呪いだ、受け取っとけ。
 一通り枠を埋めたベクターは自分が書いたそれを見て「こんなもんか」と呟く。
 遊馬との関係、を書くのが一番苦労したが、恋人と書くのはどうにも忍びないし、かと言って友人以上と書くのも大袈裟すぎる気がして、考えに考えた結果「腐れ縁」と書いて満足してしまったのだ。
 正にその名の通りだもんな、とベクターはそこに書いた文字を見て思う。
 ナッシュこと神代凌牙とも腐れ縁ではあるが、そこは今回考えないとして。
 皮肉だよなぁ。とベクターは自分のこれからを考えてそう思う。あの時手を伸ばしてくれた遊馬の手を自分から離したから今があるのか。それともこれが己が重ねてきた罪の清算方法なのか。
 手を伸ばしてくれた遊馬本人に食される、という終わり。どこぞで人知れず終わるよりも優しいのかもしれない。
 そんな事を思いながらベクターは書き終わった書類を丁寧にまとめてファイルに戻す。これを書いた事は遊馬には内緒である。何があっても彼には告げないと決めたのだ。遊馬がこれを知った時は、そう、自分が全て食べられた後だ。

 ベクターが遊馬に身体の一部を食されてしまったのはそれから数日経ったある日の事だった。
 挿入せずに終わってしまったいつぞやのセックスのリベンジがしたい、と遊馬が言ってきたので(実のところ、最後までできなかった事にベクターも不満を抱いていた)断る理由もないし、すんなり受けたのだが。
「っだぁああっっ!」
 後孔に挿入してくる異物感もさることながら、ベクターはそれ以上に身体に走る激痛に声を上げてしまっていた。
 先程まではそんな兆候なんて見せていなかった筈なのに。
 痛みから来る涙を目に溜めながらベクターは自分の胸に吸いついているであろう遊馬を見る、と。
 ――っっ、やっぱりな……!
 何でそこからなんだよ、とか変態かよコイツ。とかそんな感想が浮かんでは消えていく。けれど、現実は変わらない。
 ベクターの乳首が、遊馬に齧り取られていた。
 だくだく、と赤い液体も流れているのだが、あろうことかそれすら漏らしたくないと言わんばかりに遊馬はその液体をちろちろと舐め、時にはちゅううっと吸いついてくるものだから、ベクターは痛みと快感がいっぺんにやって来る、という状況に陥ってしまった。
「くっそ……痛ぇ……」
 じんじん、と疼く様な痛みと熱にベクターは行為どころでは無くなっているのだが、当の遊馬は萎えておらずそれどことか胎内で更に熱を膨らませている次第であった。
「ゆう、まっ……てめぇっ」
 恐らく無意識なのであろう、未だにベクターの胸に吸いついている遊馬を何とかそこから引き剥がす。
「なんつー顔してんだ、アァ? 遊馬くんよぉ。オレ様の乳首そんなに美味いんかよ」
 口の周りをベクターの血で赤く染めながら遊馬は事態がわかっていない様な顔をしていたが、その言葉を聞いて段々瞳に光が灯り、そして。
「えっっっ、嘘、俺っ……俺っ、ベクター、俺、そんな、つもり……あっ、ごめっ……」
 瞬間、ごくんと口の中にあったのであろうベクターのそこを飲み込んでしまうと、狼狽えた様子のまま「うまい……」と零してしまう。そして、そんな自分に気付いて再び悪い、とベクターに頭を下げる。
「……抑制剤、ちゃんと飲んでたか?」
 そんな遊馬を見るに耐えなくてベクターはそう、静かに問う。どうやらフォークの唾液には治癒効果もあるらしい。齧られたそれはすっかり止血されていた。
「飲んでる、よ……今日だってちゃんと」
 飲んだ、と遊馬は小さく呟く。抑制剤を飲んでいるから、ここ最近ベクターに対して「食べたい」という欲が沸いてこなかったから、大丈夫だと思っていたのに。
 ベクター可愛い、こんな反応して、可愛い、かわいい。甘い匂いがする、嗚呼。全部。ぜんぶ。
 ――かわいいベクターを、たべちまいたい。
 そんな考えが頭を支配して。理性が必死に「それはいけない」と叫んでいたのに、「食べたい」という本能が先走った。理性を振り切ってしまったのだ。
 結果、遊馬はちゅむちゅむと愛撫していたベクターのそこを、勢い良く齧ってしまった。
 禁忌は絶世の馳走。この世のものとは思えない美味、が遊馬の口内を、脳内を、本能を満たしていく。
 とくとく、と傷口から溢れる血液も、鉄分の含まれたそれではなく、甘いフルーツジュースか何かの様な味だったのだ。
 美味い、おいしい。もっと。
 溢れる液体を必死に口に含んでいたら、頭上からベクターの声が降ってきて、そこでようやく遊馬は現実に引き戻された。
 そこには、自分によって身体の一部を齧られ、痛みに顔を引き攣らせたベクターがいた。
 そこでようやく、置いて行かれた理性が現実に追いつく。目の前にいるベクターの胸元は真っ赤になっていて、自分が何を仕出かしたのか、遊馬は一瞬で理解してしまった。
 それと同時に思考が停止する。ベクターの身体の一部を食べてしまった、という衝撃と、美味しかったという場違いな感想。そして、もっと食べたい、という狂気にも似た欲望。
「っっ! おまっ、変態かよっ……!」
 自分の胎の中に挿入されている遊馬の熱が更に大きくなるのを感じてベクターはそんな文句を零す。
 遊馬とて、自分に今起きている変化について行けている訳もなく。唯々「食べたい」という欲望と「食べてはいけない」という理性と「ベクターに自身の楔を打ち込みたい」という本能がせめぎ合い続けているのである。
「ベクター、俺……こんなの、訳わかんねぇよ……!」
 目に涙を溜めて、縋るような表情をしているのにその口元はベクターの血で真っ赤に染まっている。
 そんな、倒錯的な状態の遊馬を見て、ベクターは自分の陰茎にも熱がまわっていくのを感じる。
 変態は、オレも同じ……なのか?
 身体の一部を食われているのにどこか恍惚としていて、もっと食べてもいい、と思ってしまう。そして、無意識の内に自分の胎内にある遊馬の熱を抱きしめる様にナカを締め付けて。
「ぁっ、べくた、あっ……!」
 ベクターの肉壁に刺激され、遊馬は情けない声を上げる。性欲と食欲という大きな欲に搔きまわされ、混乱を見せていたが、この刺激によってどうやら性欲が食欲に勝ったらしい。
 こればかりは遊馬がそういう年齢だったのが幸いした、と言わざるを得ないだろう。
 ベクターの脚を更に開かせ、己の腰をねじ込むように身体に押し付ける。その勢いでベクターの胎の奥まで侵入してきた陰茎を感じて、ベクターは潰れた声を上げてしまった。
「あっ、ぐぅっ……!」
「べくた、のなか……あっつ……」
 ぐう、と遊馬は内側からベクターを食べるかのように陰茎を奥に進ませる。すると、とちゅっ……と先端が内壁の奥に当たるのを確認する。
「ゆ、ま……そこはっ……!」
 予想していなかった部分に熱を感じ、ベクターは思わず焦りを覚える。リベンジとはいえ、挿入まで進んだのは今日が初めてで、なのにそんな奥まで侵入されてしまっては、今後の自分がどうなってしまうのか予想できなくて恐ろしい。
「っっっ、ひぃっ……!」
 ベクターの制止の声を振り切り、遊馬はそこ……所謂前立腺を押し込む様に腰を押し付け始めた。
「がっ、あ……! ひっ、ぁあっ」
 そこを一押しされる度にぞわぞわっと快楽が走り、咥えこんでいる胎がぎゅうっ、と遊馬の熱を締め付ける。
 それは胎の中も咀嚼している様で、遊馬は己のそこがベクターに食われている、と思う事で更に欲を膨らませていく。
「べくた、べくたー……あっ!」
 ベクター以上に切な気な声を出して遊馬は遠慮など一切せずに己の欲のままに腰をぶつける。下半身がどろりと溶けてしまったかのような感覚にベクターは唯々声を荒げ、呼吸をするのに必死だった。
 こんなの、こんな快感、知らない。
 遊馬から与えられる快感を必死に追いながらベクターは頭の片隅でそんな事を思う。
 ごりゅごりゅ、と前立腺を擦られる度にあが、とうめき声にも似た声を漏らす。
 ――もっと、もっとオレを貪れ、遊馬……!
 それは性的欲求か、それとも「ケーキ」というバース故の本能か。ぎゅっ、とベッドのシーツを掴んでいた手を縋るように遊馬の方へ伸ばす。
「ゆ、うまっ……!」
 その声に応えた遊馬の視線を受けとめて、ベクターは己の中に快感とは違う何かが突き抜けていったのを感じ、背筋を震わせた。
 遊馬本人は恐らく気付いていない。
 ベクターを、完全に「獲物」として見ているそのギラついた瞳。
 性的本能と、捕食者のそれが遊馬のルビーを異様に輝かせている。
 綺麗だ。とベクターはそれを見て思う。そのルビーに、食されたい。とも。
 伸ばされた手、は遊馬のそれに絡めとられる。ギラついた瞳が一瞬だけいつもの優しさを取り戻したが、本当に一瞬だけだった。
「っっ! おま、またっ……!」
 ベクターの手を絡めとった遊馬は、それを愛おしそうに己の口元に運び、事もあろうかその指先に歯を立ててきたのだ。
「遊馬、手はまだやめろっ……!」
 げしっ、と遊馬の脇腹を蹴りながらベクターは訴える。乳首なら外側から見られない、から食われた所で何ともないが流石に手や指など、パッと見で変化が気付かれそうな所は食われては困る。こればかりはいくら言葉でごまかしてもごまかしきれない。
「えっ、あっ!」
 ベクターに指摘され、遊馬は慌てて自分の口から手を遠ざけた。伸ばされた手が、食べてくれと縋っている様に思えたのだ。
「悪い、ベクター……俺、また……」
「気にすんな。まあ、手とかはよ、バレると色々面倒だろ」
 そんな事より、とベクターはナカをぎゅむっ、と締め付ける。一度しょげてしまったら行為自体が終了しかねない。
「あっ、いきなりっ……」
「今はオレ様がゆーまクンの事もぐもぐしてるんでェ、ゆーまクンはおあずけですっ♡」
「そんなぁ……」
「そんな情けねー声出してる余裕、あんのかよっ……!」
 ぎゅううっ、とベクターは下腹部に力を込める。自分のナカにある遊馬の熱を内壁全てで包み込むように、そして白濁を絞り取るかのように。
 案の定、遊馬はベクターから与えられる刺激に耐え切れず、ひぃっ、と情けない声を上げてしまう。
 遊馬のそんな声にベクターは機嫌を良くし、今度は自分から腰を揺らそうとした、その瞬間。
「お、俺のターン!」
「へっ?」
 そんな掛け声と共に遊馬の身体が更に重くのしかかってくる。
「あがっ……ひっ、ぃっ……!」
「おあずけ、おしまいでいいな?」
「誰も、良いだなんてっ……言って、ねぇっ! ぁあ゛ぁっ」
 先程と同じように遠慮の欠片もない律動で遊馬はベクターを絶頂へと追い詰める。自分の下で普段は絶対に見せない表情、声で求めてくるベクターが可愛くてかわいくて仕方ない。それに加えて美味しいのだから、もう二度と外に出したくないとさえ思ってしまう。
 そんな事を思っていると、遊馬の目にもう片方の乳首が目に入る。
 ぷくっ、と勃ち上がりほんのり紅色に色づいているそれ。先程口にしたもう片方も、色と同じような味がしてとても美味だった。
 ――見えない所なら、良いって。
 そんな思考が静かに遊馬の脳を満たしていく。そこを食べてしまったら今後乳首で感じるベクターが見られなくなる、という点が大きな問題になるのはわかっているけれど。
 腰を押し付けながら胸の頂上を口に咥える。口内いっぱいに広がる甘味に唾液がじゅわりと溢れてくる。
 ちろちろ、と舐めるとベクターの声にも甘さがプラスされているようで、遊馬は楽しくなってちゅうっ、と吸いついてしまった。
「あっ、んっ……! ひっ、ぁあっ」
 ビクビクッ! とベクターの身体が小刻みに跳ねる。どうやらベクターにとっても弱点ではあったらしい。
 弱点なら、無い方がいいよな!
 そんな勝手な持論を繰り広げた挙句。
 口に含んだ乳首にそっと歯を立てる。柔肌に歯の感触を覚えた瞬間、ベクターがこちらを見ている事に気付いて。
 ――なっ……何て顔してんだよ……!
 生理的な涙で潤んだそのアメジストには快感で蕩けているものと、「食べて貰えるのかもしれない」という本能で恍惚に浸っている、ものが滲み出ていたのだ。
「遊馬……」
 声まで甘くなってしまったのか。とベクターから発せられるそんな声を聞いて遊馬は頭を抱えたくなる。こんなにかわいくて、おいしそうなご馳走が目の前にいるのに。
 かわいい。ぜんぶたべちまいたい。
「アッ……おま、またっ……!」
 ナカをぐぐっ、と圧迫するように膨らんだ熱にベクターは声を漏らす。下半身もそうなのだが、今は遊馬の歯が立てられた自分の乳首の行く先を思って緊張していた。
 ぺろぺろと猫が水を飲むような動きをしていた舌が止まる。そして、歯を更に食い込ませていく。
「あ゛っ……! がっ、ん゛っ……」
 段々と押し込まれていく歯、そこから生まれてくる痛み。けれど、恍惚。
 何物にも変えられない、とベクターは場違いな事を思ってしまう。そうこうしている内に、遊馬の歯はベクターの肌を食い破っていた。
 がりがり、と自分のそこが食いちぎられていく感覚。ぶつっ、と肌が切れて血液が溢れてくる。
 その血液すら勿体ない、と遊馬は慌てて溢れてくる血を必死に舐めとっていく。
 ずん、と下半身に楔を打ち込みながら、上半身は身体を食い千切ろうとしているこの倒錯的な状況にベクターはどこか悦に入っている自分がいる事に気付いてしまった。
 同性同士のこの行為は確かに非生産的なのかもしれないが、命を創る為のこの行為をしながら、人を食うという禁忌を犯しているという背徳感が快感に置き換わっているのだろう。
「っ……ぐっ、ぁ……」
 ぶつりぶつりと遊馬の歯によって乳首と肌が乖離していくのを感じながら、ベクターは腰を揺らしてしまっていた。
 痛いのに。身体を、生きながら食われているのに。けれど、きもちいい。
 悲鳴だけは漏らさないように、痛みを堪えるうめき声だけが部屋に響く。時々遊馬が腰を突き上げるので、その瞬間だけは甘い声に変化する。
「べくた、もっ……!」
「イけよ、遊馬ぁっ……!」
 イっちまう、と呟いて遊馬はベクターの奥を突き上げる。ぐぐっ、と楔が更に膨らんだ瞬間。
「ア゛っっ……、っだぁっっ!」
 ばちん、と歯と歯がぶつかる音。ぼろ、と身体から一部が離れて行く感覚。そして全身を駆け抜ける痛み、血液が溢れて胸元が温かくなっていく。
 なのに、陰茎からは白濁を噴き出していて。腹の上で血液と混ざって薄桃色の液体になっている。
 胎のナカでは遊馬も熱を吐き出していて。その日のセックスは、遊馬がベクターの乳首を食い千切りながら絶頂を迎える、という壮絶なものとなってしまった。

※※※

「ベクター……その、ごめん……」
 情事の後、ひと眠りして理性を取り戻した遊馬は自分がベクターに何をしてしまったのかを思い出して顔面蒼白になっていた。
 いくらそういう本能だからと言っても、欲のままに相手を食い散らかすのは最早人間ではなく、獣ではないか。と自分が食べてしまった胸元を見ながら思う。
 傷口はどういう訳か綺麗に塞がっていた。ベクター曰く「ケーキはそういうもの」らしいが一体何がそういうもの、なのだろうか。
 とは言えそのままにしておくのも痛々しいので消毒液と絆創膏を傍らに、この愛おしい橙をいつか全部食してしまうのかも……という恐怖と甘美に身を震わせるのだった。